大判例

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名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)128号 判決

控訴人

名古屋市立名北小学校PTA

右代表者会長

川島肇

右訴訟代理人弁護士

大場民男

林肇

被控訴人

藤田邦彦

他四名

右五名訴訟代理人弁護士

福島啓氏

鈴木良明

右福島啓氏訴訟復代理人弁護士

加島光

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり加除するほか、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」に摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(四) 仮に、被控訴人らが団体の財産を総有することを根拠として、会計帳簿の閲覧を請求する権利が認められないとしても、PTAである控訴人の役員は、PTA構成員との間で委任又は準委任契約に基づき、善良なる管理者としての注意義務をもってPTAを運営する義務を負っており、構成員である被控訴人らに対し、経理状況を報告すべき義務があるから、被控訴人らは会計帳簿を閲覧する権利がある。」

2  同一一頁八行目の次に行を改めて次のとおり加え、同一〇行目冒頭から同一二頁四行目末尾までを削る。

「(一) 控訴人の規約からすれば、控訴人においては、現金出納帳、収入・支出各内訳簿等の会計帳簿一切を閲覧し、その会計処理の適否を判断するのは、会計監査の職務又は役割とし、会員には会計帳簿を閲覧させることは予定していないというべきである。また、民法の公益法人に関する規定においても、社員に会計帳簿の閲覧請求権は認められていないし、特定非営利活動促進法及び宗教法人法においても、団体の構成員に、財産目録、貸借対照表等の一定の書類の閲覧請求権は認められているものの、会計帳簿や通帳の閲覧請求権までは認められていない。したがって、控訴人の会員に、会計帳簿や通帳の閲覧請求権を認める根拠はない。

(二) また、本件総会において、被控訴人らが質問した修繕費については、正確な説明がなされたうえで承認されており、被控訴人らがその支出状況について疑問を抱く合理的理由がなく、閲覧を請求する正当な理由もない。

(三) 控訴人役員は、無償で就任しているものであり、必ずしも経理に関する専門的知識を有するものではないから、会員からの閲覧請求を認めると過重な負担を課すことになり、会員と役員との信頼関係を侵害する事態を招きかねない。」

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件訴訟は裁判所法三条の「法律上の争訟」にあたり、司法審査の対象となるものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決理由説示のうち、原判決一二頁六行目冒頭から同一七頁二行目末尾までのとおりであるから、これを引用する。

1  同一五頁三行目から四行目にかけての「公権力がみだりに関与することは許されないというべきである」を「ついては、それが一般法秩序と関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その団体の自主的、自律的な解決に委ねるのが適当であって、裁判所の司法審査の対象にはならないと解すべきである」と改める。

2  同一五頁五行目の「結社の自由も」から同一六頁一一行目末尾までを次のとおり改める。

「団体の構成員が、団体の経理関係書類についてどのような範囲で閲覧請求権を有するかどうかは、各種の団体において法律で規定されているところであり(例えば民法五一条、商法二九三条の六、特定非営利活動促進法二八条、消費生活協同組合法四〇条等)、一般法秩序と関係を有する事項であることは否定できない。もとより、控訴人は、法律にしたがって設立された法人ではなく、前記(原判決引用)のとおり、権利能力なき社団であるが、権利能力なき社団も現行の法秩序のもとで存立が認められているのであり、その一方で裁判所の審査を排除できる程に高度の自治権能が保障されていると解すべき根拠もないのである。そうすると、会計帳簿の閲覧請求権の存否という一般の法秩序と関係を有する事項については、それが団体内部の問題であっても、現行法令の適用解釈によって解決されるべきものである。」

二  そこで、会計帳簿閲覧請求権の存否について判断する。

1  いわゆる権利能力なき社団は、権利能力を有しないとはいえ、根本規約を有する組織体であり、かつ、構成員の変更にかかわらず団体として持続するという性質のものである以上、それぞれの団体によって濃淡はあるとしても、団体としての規律拘束性があり、それがその構成員に及ぶものである。しかるところ、それぞれの団体における会計処理のあり方及びそれに対する審査、さらにはこれに対する構成員の関与の仕方は、それぞれの団体の規約によって自治的に決められるべきもので、それが法令に明らかに違反するとか、公序良俗に違反するとかいうものでない限りは尊重されるべきものである。そのうえで、規約上の規約のみによっては律しえない事柄や、明らかに規約の内容に欠缺があると認められるときは、権利能力なき社団にも類推適用すべき民法そのほかの法令ないし条理や慣習によってこれを補充するのが相当である。たとえ、団体の資産が構成員の総有関係にあるからといって、そのことから、個々の構成員が当該団体に対し、規約の定めと無関係に右規律拘束性をこえる権利を有するものではないと解すべきである。

ところで、甲一号証によれば、控訴人には根本規約というべき「名古屋市名北小学校PTA規約」があり、同規約においては、役員として会計二名、会計監査二名が置かれ(七条)、会計がすべての金銭の収入支出を記録したうえ、総会において決算報告を行い、会計監査は会計を監査したうえその結果を委員会及び総会に報告し(一二条)、総会は、決算報告及び監査報告に基づき、決算の審議承認を行う(二五条)ことが規定されているものの、会計関係書類の開示や閲覧に関する規定はもうけていないことが認められる。右規約の内容をみれば、控訴人においては、会員に決算の審議承認権を認めてはいるが、会員が会計処理が適正になされたか否かを審査する方法としては、会計報告書の内容を検討し、総会において役員に疑問点を質問して、それに対する説明を求める方法を採用しているところである。

したがって、控訴人の会員は、その規約に基づく会計帳簿の閲覧請求権を有すると認めることはできない。もっとも、甲一号証によれば、控訴人の規約は、全体として比較的簡単な内容のもので、かつ、閲覧請求権の否定を明示しているわけではないから、会員が会計帳簿を閲覧することについては規定を欠いているにすぎないとも解されるところである。そこで、次に民法その他の法律の規定を考慮したうえで、控訴人の会員が法的に会計帳簿の閲覧請求権を有するかどうかを検討する必要がある。

2  各種法人における会計帳簿の閲覧についての法律の規定を検討すると、次のとおりである。

(一) 公益法人(社団法人、財団法人)

財産目録を作成し、これを事務所に備え置くことが義務づけられており(民法五一条)、法人の社員が右財産目録を閲覧できることは明らかであるが、財産目録の基礎となる会計帳簿については、社員がこれを閲覧できることを前提とした規定はない。

(二) 営利を目的としない法人

① 特定非営利活動法人

社員及び利害関係人は、事業報告書、財産目録、貸借対照表及び収支計算書を閲覧できるが(特定非営利活動促進法二八条二項)、それらの基礎となる会計帳簿の閲覧についての規定はない。

② 宗教法人

信者は、財産目録、収支計算書及び貸借対照表を閲覧できるが(宗教法人法二五条三項)、それらの基礎となる会計帳簿の閲覧についての規定はない。

③ 社会福祉法人

事業報告書、財産目録、貸借対照表及び収支計算書を事務所に備え置くことが義務づけられているので(社会福祉事業法四二条二項)、これを閲覧できるものと解釈できるが、それらの基礎となる会計帳簿の閲覧についての規定はない。

④ 消費生活協同組合

組合員は、事業報告書、財産目録、貸借対照表及び剰余金処分案又は損失処理案を閲覧することができるが(消費生活協同組合法四〇条二項、一項)、それらの基礎となる会計帳簿の閲覧についての規定はない。

⑤ 商工会

会員は、事業報告書、貸借対照表、収支計算書及び財産目録を閲覧することができるし(商工会法三八条)、総会員の一〇分の一以上の同意を得て、会計に関する帳簿及び書類の閲覧を請求できる(同法三九条)。

(三) 営利を目的とする法人

① 株式会社

発行済株式の一〇〇分の三以上に当たる株式を有する株主は、会計の帳簿及び書類の閲覧を請求できる(商法二九三条の六)。

② 有限会社

資本の一〇分の一以上に当たる出資口数を有する社員は、会計の帳簿及び書類の閲覧を請求できる(有限会社法四四条の二第一項)。

3  右2で例示した各種法人に関する会計帳簿の閲覧についての規定をみると、株式会社、有限会社及び商工会においては、一定の要件を満たした場合に、会計帳簿の閲覧請求権が規定されているのに対し、その他の法人においてはその旨の規定がない。このことに照らすと、その他の法人においては、会計帳簿の閲覧請求権までは認めない趣旨とみるのが相当である。実質的に考えても、会計帳簿の閲覧請求権は、閲覧自体を終局の目的とする権利ではなく、構成員が役員に対し、業務執行を是正したり、責任を追及する場合にその手段となるものであり、株式会社及び有限会社においては、株主や社員が役員に対し、直接に業務執行を是正したり、責任を追及する権利が認められているので(商法二六七条、二七二条等)、会計帳簿の閲覧請求権を認める必要性があるのに対し、社団法人や特定非営利活動法人においては、社員にそのような権利は認められていないから、会計帳簿の閲覧請求権を認めなければならない必要性がないものと解されるのである。帰するところ、法は、社団法人や特定非営利活動法人においては、役員に対する責任追及は、個々の社員が直接に行うべきものではなく、総会による役員の改選を経たうえ、新しい役員の下で団体が行うべきものとしていると考えられるのである。

また、控訴人は、PTAという公益的な目的を有する権利能力なき社団であるから、必要に応じて民法の公益法人の規定を類推適用すべきであるし、特定非営利活動促進法二条、別表によれば、同法にいう特定非営利活動法人としては、子供の健全育成を図る活動を行い、不特定多数の利益の増進に寄与することを目的とする法人も含まれるから、目的の点からみれば、控訴人は、特定非営利活動法人と類似した面があるというべく、したがって、控訴人において、法的に会員に会計帳簿閲覧請求権が認められるか否かは、社団法人及び特定非営利活動法人に準ずることも考えられる。しかし、いずれの法人においても、右にみてきたとおり、社員に会計帳簿閲覧請求権は認められていないのである。そうすると、控訴人の規約に会計帳簿閲覧権について定めていないのは規定の欠缺というよりも、控訴人においても、会員に会計帳簿の閲覧請求権は認めない趣旨と解さざるを得ない。

4  勿論、控訴人における支出内容を審査する方法として、会計報告書作成の基礎となっている会計帳簿、さらにその基礎となる通帳、領収書などの資料を会員が閲覧することが、有効な場合があることは否定できない。しかし、会員に閲覧請求権を認めるとすれば、領収書などの資料は、記載自体からはその内容がいかなる支出なのか不明確なものもあるので、いかなる細節に該当する支出なのか予め整理して保管しておく必要があるし、多数の会員が次々と閲覧請求をすると、その都度対応しなければならないことになるが、役員が全て無報酬であることや、必ずしも会計経理の専門家ではないことを考えると、右のような事務処理はかなりの負担になることも事実である。一方、乙一、二号証によれば、控訴人の年間決算額は、平成七年から八年度において、一五〇万円から一七〇万円程度であり、支出については二〇程度の細節に分類し、各細節の支出金額は三〇万円未満であることが認められる。右決算の規模・内容からすれば、会員が役員に対し、個々の支出について具体的な説明を求めることによって、通常は決算及び予算の内容を審査承認することが十分可能であると考えられる。そして、右3で判断したとおり、規約においては、会員が役員の責任を直接追及することは認められておらず、決算及び予算の内容を承認するかどうかの判断ができるに止まるものであるから、実質的にも、会員に会計帳簿閲覧請求権を認めないことによって、それほど不都合な結果が生じるとはいえないところであり、このことからしても、右の結論は決して不合理なものではない。

5 右の次第であるから、控訴人の会員は、現在の規約のうえにおいては勿論、関連法令や団体としてあるべき条理の点からしても、会計帳簿閲覧請求権が認められていないといわざるを得ないところである。

三  これに対し、被控訴人らは、会員が会計帳簿の閲覧請求権を有する根拠として、被控訴人らが控訴人の会員として、控訴人の財産を所有(総有)しており、財産を管理する権限を有すること、控訴人の役員が、会員との間で委任又は準委任契約に基づき、善良なる管理者としての注意義務をもって控訴人を運営する義務を負っていることの二点を主張している。

しかし、控訴人の財産が会員によって総有されているということは、会員が控訴人を脱退しても持分権の分割請求権がないということであって、実質的には控訴人の財産が、会員とは独立した控訴人という団体そのものに属することを意味するものであるから、それを根拠として、会計帳簿の閲覧請求権が認められるものではない。

また、控訴人の役員が、善良なる管理者としての注意義務をもって控訴人を運営する義務を負っていることは、被控訴人ら主張のとおりである。したがって、そのことから、控訴人の役員が、会計報告を行い、会員からの質問に対して説明する義務を負うことはありうるし、民法六四五条においても、委任事務の状況を報告すべき義務は規定されているものの、同条も報告の基礎となる資料を提示することまでは求めていないのであって、右注意義務の帰結として、会計帳簿を閲覧させるべき義務まで負うものと解することはできない。

したがって、被控訴人らが会計帳簿閲覧請求権の根拠として主張するところはいずれも採用できない。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの本訴請求は理由がない。

五  よって、これと異なる原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・宮本増、裁判官・野田弘明、裁判官・永野圧彦)

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